坪井正美



坪井正美(つぼいまさみ 1944年12月15日生)
 [騎手]


 福島県出身。日本中央競馬会(JRA) に所属。1964年に二本柳俊夫厩舎より騎手デビュー。デビュー年には障害競走で勝ち鞍を重ね、若手騎手の期待株となったが、翌年に大きな落馬事故に遭遇する。

 1965年1月4日、第1回中山競馬2日目第3競走のサラ系障害オープン戦は、8頭立てで行われた。人気の中心はフジノオーで、坪井が騎乗するサチオンワードは、人気は低いものの、フジノオーとの連勝式馬券の組み合わせは3番人気という穴人気に推されていた。道中、サチオンワードは好位に着けていたが、最終障害で飛越に失敗して落馬、坪井は馬場に叩き付けられ、さらに後続馬が頭を蹴り、坪井はたちまち意識を失った。

 馬場内に待機していた救急車が駆けつけ、同乗の医師が坪井の元に駆け寄ったが、両耳から出血しており、一見して状況は深刻であった。さらに診察すると、息はあるものの、前頭部が陥没骨折して顔面が変形し、また左側頭部が亀裂骨折しており、裂け目からは脳が露出して、その表面には芝の切れ端や砂が付着していると言う、非常に重篤な状態にある事を確認した。医師は直ちに東大脳神経外科清水病院への緊急搬送を決定。中山競馬場の警備にあたっていた警察に協力を要請し、救急車にさらにパトロールカーの先導を付けて搬送した結果、中山競馬場から僅か24分で東大病院に到着、直ちに緊急開頭手術を開始した。

 早速脳の状態を詳しく診察した結果、幸いにも脳の損傷は殆ど無く、僅かに骨片が脳の表面に刺さって出血を起こしている程度である事が確認されたので、骨片の他、脳の表面に付着した砂・芝を除去し、出血部の止血や浮腫の除去を行う治療を施し、陥没部の修復・亀裂骨折の処置を行い、呼吸補助の為の気管支切開なども行って、8時間にわたる手術を終了した。

 坪井はそのまま入院し、暫く昏睡状態にあったが、数日後に意識を取り戻した。やがて後遺症が無い事も確認され、食事も取る様になって急速な回復振りを見せた。そして2月1日には早くも退院し、自宅療養を経て4月には厩舎に戻り、やがて再び騎手として復帰、1965年は通算14勝を挙げ、見事に復活した。翌年には、怪我の原因となった障害競走に再び乗る様になり、勝ち星を挙げている。

 その後、1980年10月1日付けで引退するまで、年間10勝程度を挙げる関東の中堅騎手として乗り続けた。通算181勝。


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