体験者C

 1968年の秋のこと。ヒマラヤ山脈の高地で二歳の女の子ダーダナ・カーンは、ウイルス性脳炎で死亡した。
 少女の母は娘を寝室に運び込み、夫のベッドに横たえた。ほとんど効果がないと分かり切っていたが、父親は蘇生術にとりかかった。ダナ、戻っておいで、とつぶやきながら娘が生き返ることを祈った。
 最後の望みを託して、母親がニケタミドという心臓刺激薬を、ダーダナの口に数滴垂らしてみた。
 
 奇跡が起こった。驚いたことに、突然ダーダナが目を開き顔をしかめて、「この薬は苦いわ」といったのだ。

 ある日、ダーダナと彼女の母親が庭で一緒に過ごしていた時に母親は、次々と質問をしてみた。



 どんなものを見たの?
 「お庭があったわ。」
 
 そのお庭には、何があった?
 「リンゴとブドウとザクロの木。」
 
 他には?
 「小さい川があった。白いのと、茶色のと、青いのと、緑の川。」
 
 そこに誰かいたの?
 「うん。おじいちゃまがいた。それから、おじいちゃまのお母さまと、ママみたいな女の人もいた。」
 
 で、その人たち、何かいったのかしら?
 「おじいちゃまは、お前に会えてうれしいって。おじいちゃまのお母さまは、あたしを抱っこしてキスしてくれたわ。」
 
 それから?
 「それから、パパがあたしを呼んでいるのが聞こえたの。ダーダナ、戻っておいで。戻ってきておくれって。だから、おじいちゃまに、「パパが呼んでるから、あたし帰らなきゃ」っていったの。そうしたら、おじいちゃまが、それは神様にお願いしなきゃいけないっていったので、みんなで神様のところへ行って、この娘が帰りたがっているんですって、神様に話してくれたの。そしたら、お前は帰りたいのかって神様があたしに聞くので、「はい」って答えたの。あたし帰らなきゃいけないんです、パパが呼んでるからって。そしたら神様が、よろしい、帰りなさいって、それであたしは星の国からどんどん下に降りて、パパのベッドに戻ってきたの。」
 
 神様はどんな姿をしていたの?
 「青かった。」
 
 で、どんな風に見えたの?
 「青かった。」

 ダーダナの両親はその後も神について何度か聞いてみたが、ダーダナはただ「青かった」と繰り返すばかりだった。

 ある日、ダーダナと両親は、親戚の家を訪ねた。
 大人たちがおしゃべりしていると、ダーダナは興奮した様子で、サイドテーブルの上に飾られていた古い写真を指差してさけんだ。

 「この人、おじいちゃまのお母さまでしょ。あたし、星の国でこの人に会ったわ。」

 確かにそれは、ダーダナの曾祖母の写真だった。しかし、彼女はダーダナが生まれる何年も前に死んでいる。曾祖母の写真は2枚しか残っておらず、しかもその2枚とも父親の叔父の家にしかなかったという。


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