水上勉


 直木賞を授賞した、作家の水上勉さんは、1989年6月のこと、自宅で心筋梗塞を起こして救急病院に入院し、それから3日間は昏睡状態になり、医師からもほとんど絶望といわれたが、その間にさまざまな体験をしたという。


 とにかく目の前に真っ黒に近い深い川(三途の川)が流れていて、水面にはところどころ光が当たっていました。

 後ろから30年近く前に死んだはずの父親に似た声がして、そこは冥土だから気をつけろと忠告されている気がしたとたんに、足下を流れる水に気付きました。

 そこには去年死んだ 飼犬の 「草太郎」に似た犬がいて 、崖をよじ登ろうとしていましたが、やがて川に落ちて流されて行きました。私も 一緒に川面に落ちましたが、沈まずに浮いたまま川下に流されました。

 ようやく岸にたどり着くとそこには先にはい上がった犬がいましたが、そのまま犬と別れわかれになって、ずぶ濡れの身体をどこで干したのか覚えていませんでした。
 さらりとした格好でこの世に戻りましたが、どこにこの世とあの世の境界があったのかも見てきませんでした。

 暗いトンネルを潜って戻ってきたような気はするけれども、冥土は暗くもあり、明るくもありました。


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